撮影:福田秀世
2019年12月中旬、クリスマスを目の前に控えた六本木の会場には100人ほどが集まっていた。
パーティーの主役は、現代アーティストの長坂真護(35)。この2年ほど、美術界やコレクターたちの間でその名が急速に広まっている。
目的は、真護の作品のオークションだ。美術品のオークションを専門とするシンワワイズホールディングス会長の倉田陽一郎(54)が、パーティー形式のオークションを企画した。
引き合いに出された奈良美智
ビュッフェ式のディナーを終え、ひと息ついた参加者たちを前に倉田が話し始めた。
倉田は、日本を代表する現代アーティストのひとり、奈良美智を引き合いに出した。
ブルームバーグの報道によれば、奈良の作品は2019年10月、香港のオークションで2490万米ドル(約27億円)で落札された。赤いワンピース姿の少女がこちらをにらみつけている絵画「ナイフ・ビハインド・バック」だ。奈良は無名だった1990年代、ごく普通の画用紙に少女の絵を描き、1000円から数千円で売っていた。
オークションの開始を待つ参加者たちに、倉田が言った。
「1000円だったドローイングは、いまは250万円ほどで売られている。現代美術のラインに乗ってくると、価格は何十倍、何百倍になることがある。真護さんにはぜひ、そういう作家になってほしい」
この夜、競りにかけられた真護の作品は4点。もっとも高額で落札された絵画「Ghana's Flag」の価格は、500万円だった。
「荒削りだが、自分の思いを叩きつけている」
壊れたキーボード、ビデオテープ、リモコン…。長坂真護は、先進国で廃棄された電気製品をアートに生まれ変わらせる。
撮影:福田秀世
真護と倉田は、パーティーのちょうど2カ月前に初めて会ったばかりだ。
倉田はもともと、現代アートのコレクターだった。1980年代後半から欧州系の投資銀行やプライベートバンクに勤務。投資顧問として独立した後、縁あって2001年にシンワワイズホールディングスの前身であるオークション会社の経営を引き受けた。
「アートを見るのが仕事だ」と話す倉田のもとには、将来有望な若手芸術家の情報が常に寄せられる。真護についても「がんばっているアーティストがいる」と、知人から紹介を受けた。
東京・日本橋の雑居ビルの地下にある真護のスタジオに入ってすぐに、強い印象を受けた。
「荒削りだが、自分の思いを作品の中に叩きつけている。その思いが込められているから、作品を見る僕たちの心も動かされる」
知人の仲立ちで面会を承諾してみたものの、当初、倉田はあまり乗り気ではなかった。
だが、事前にチェックした真護のウェブサイトにはなかった作品に目を奪われる。
壊れたパソコンのキーボードやスマホ、ラジカセなどを作品の一部に組み込んだ黒人の男の子を描いた作品。素朴に見えるが、どこか温かく、かわいさもある。
その作品にすごみを感じ取った倉田は、真護を質問攻めにした。真護も「倉田さんとの出会いは衝撃的だった」と振り返っている。
「ただの路上の絵描き」を変えたものは
撮影:福田秀世
倉田は急きょ、12月に予定していたパーティーの内容を大きく変えることにした。真護を紹介し、作品を競りにかけるチャリティーオークションを開くことにしたのだ。ほぼ、即決だった。
パーティーで真護は、こんなふうに自己紹介している。
「10年前、僕はただの路上の絵描きでした。アートも独学で、就職もしたことがない。こんな場に立たせてもらうことは、ほぼ皆無。母親には、2年前までろくでなしと言われていました」
デザインの名門・文化服装学院を卒業した真護は20代前半の数年、歌舞伎町でホストとして働いていた。その後、アパレルの会社を起業するが1年ほどで、事実上の廃業に追い込まれている。
絵描きを名乗りながら、画家としての収入はごくわずか。仲良くなった女性たちの家を泊まり歩いていた。
真護はその10年をこう振り返っている。
「僕はいままで、自分のことも自分がつくるアートのことも好きじゃなかった。これまでの10年、自分がニートだと認めたくなくて、自分は絵描きだという一言にすがっていた」
しかし、2018年と2019年に真護が販売した作品の総額は、2年続けて1億円を超えたという。最も高額で売れた絵画には、1500万円の値がついた。
「売れない画家」を「新進気鋭の現代アーティスト」へと変貌させたものは何か。真護自身も彼を支える人たちも、その原点はアフリカのガーナにあると話す。
ガーナのゴミから生まれた300点の作品
東京都内にある真護のスタジオには、制作途中の作品が無造作に置かれている。
撮影:福田秀世
たまたま手にとった雑誌で、途上国の廃棄物をめぐる問題を知り、真護は2017年、世界最大の電子機器のゴミ捨て場と呼ばれる、ガーナのスラムを訪れた。
広大なゴミ置き場では、住民たちが電子機器や家電製品を燃やし、中から銅などの金属類を取り出して生計を立てている。
地域一帯には、プラスチックを燃やした煙が立ち込めている。そんな煙を日常的に吸っている人たちは、若くしてがんや呼吸器の疾患で亡くなっていく。
その場に立った真護は、こう考えるようになった。
「初めて、誰かのために生きたいと思った。スラムの子どもたちの生活を、なんとしてもアートで変えたいって」
以後、憑かれたように作品をつくっている。
撮影:福田秀世
ガーナのゴミ置き場で集めた電子廃棄物をコンテナに詰めて日本に送り、キャンバスに打ち付けたり、ビデオテープのテープをくしゃくしゃにして、髪の毛にしたり。これまでの2年半でガーナのゴミから生まれた作品はおよそ300点にのぼる。
倉田が、年末のパーティーをチャリティーオークションと位置づけたのは、アフリカでの活動を支援する資金集めの趣旨もあった。
オークショニアとして、あるいはコレクターとしての経験を積み上げてきた倉田の目は、そう甘くはない。
「正直、以前の作品にはあまり興味は湧かない。しかし、ガーナシリーズは間違いなく、真護が天に打たれて得たパワーでつくられたコンテンポラリーアートだ。作品群は、力強いエネルギーと可能性にあふれている」
(敬称略・明日に続く)
(文・小島寛明、写真・福田秀世、デザイン・星野美緒)
小島寛明:上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒。2000年に朝日新聞社に入社、社会部記者を経て、2012年退社。同年より開発コンサルティング会社に勤務し、モザンビークやラテンアメリカ、東北の被災地などで国際協力分野の技術協力プロジェクトや調査に従事。2017年6月よりBusiness Insider Japanなどに執筆。取材のテーマは「テクノロジーと社会」「アフリカと日本」「東北」など。著書に『仮想通貨の新ルール』(Business Insider Japanとの共著)。
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March 09, 2020 at 09:02AM
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