音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている 〜アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス〜」。第28回は、日本でのアーティストの定義をテーマに産業カウンセラーの視点から考察する。
この連載ではタイトルにもある通り「アーティストを通して」社会とメンタルヘルスを考えてみているのですが、そもそもアーティストという職業はどのように定義されるものなのでしょうか? 様々な考え方があると思いますが、ここでは1980年に出されたUNESCOの「芸術家の地位に関する勧告」の中での定義を紹介したいと思います。
「芸術家」とは、芸術作品を創造し、表現し又は改造を行い、その芸術的創造を自己の生活の本質的部分とみなし、これを通じ芸術と文化の発展に貢献し、かつ、雇用関係や団体関係があると否とを問わず、芸術家として認知され、又は認知されることを希望するすべての者を意味するものとする。
この定義によれば、芸術家であることの条件に「雇用関係や団体関係があると否とを問わない」のです。この定義を受けて、国際美術連盟 (IAA/AIAP、International Association of Art / Association Internationale des Arts Plastiques) では、「芸術家はその芸術実践によって生計をたてていなくても、芸術のプロフェッショナルとして認められる」と表明しています。
これらの定義と、特にポピュラー・ミュージックに関わっている日本のアーティストたちの現状とは、少し距離があるように感じます。以前ほどではないにせよ、「メジャーの音楽メーカーや、しっかりとしたレーベルやプロダクションに所属しなければ」という意識もまだまだ根強いようですし、「○○歳くらいまでに稼げなかったらきっぱり引退して就職する」とか、反対に「就職などせずに音楽にだけ打ち込むべき」と考える人も多いようです。
そうした方法が適している人もいるでしょうが、一方でそのような考え方は、実は世界的に見ると必ずしも一般的とは言えません。雑誌「WIRED」で「氷の島と音の巡礼:アイスランドの音楽エコシステムを巡る」という特集が組まれたことがあるのですが、それを参照してみます。アイスランドの人口は約35万人しかありません。しかし、そこからビョークやシガ・ロスなどの世界的に活躍するアーティストたちが生まれています。アイスランドの音楽が国外で商品力を持つ理由について、ビョークとのコラボレーションで知られるアメリカの作曲家のニコ・ミューリーは次のように語っています。
「大きな要因は、そもそも国内のマーケットが小さいことですね。音楽を志す人は、みな前提として北欧やその他のヨーロッパを目指すほかないということがあります。また、同じ理由から、それで儲けなきゃという圧迫が少ないのです。2万枚売れればメガヒットという国では、マーケティング先行で音楽をつくることにほとんど意味がありません。ですからアーティストは自由に音楽をつくることができるのです」、「面白いのは、そうした自由な音楽こそが海外で評価されるということです。アイスランドにもポップスターはいますが、海外ではまったく知られていません。当然だと思うんです。どこの国にもその国のポップスターはいるわけで、何もアイスランドから似たようなものを輸入して聴きたいなんて誰も思いませんよね。アイスランドの音楽が、世界的に評価されているのは、それが、ほかのどこにもない音楽だからだと思うんです。そしてそれを生み出すために大資本は必要ないのです」
また、ビョークを輩出したシュガーキューブスの創設メンバーで、レイキャビク市議会議員となったベネディクトソンはこう語っています。
「自分にしたって音楽だけをやっていたことなんて一回もない。音楽だけで生計を立てていた唯一の時期はシュガーキューブズがブレイクしてからの数年だけで、いまに至るまで音楽だけをやっていたことはない。いまは市議をやってるしね。そもそも、アイスランドにおいては仕事を掛けもちするのはとりたてて珍しいことじゃないんだよ」
インディペンデント音楽コミュニティー支援団体SustAimのnoteでの記事「音楽で飯を食わなくてもいい。toe山嵜と考えるアーティストとお金の関係」でも同様のことが語られています。この記事を取材された、グラミー賞ノミネート・アーティストのstarRoさんは、toeというバンドが「『音楽一本でやらないと成功はできない』の嘘(他の仕事で稼ぎながら音楽を続けることのメリット)」「お金をかけてプロモーションしなくても、音楽自体に『引き』があれば、コアファンが世界中にできる」ことを証明したとし、「幸せなアーティストライフを末永く続けていくためには、できるだけ自分のままでいられる環境を作ることが大事。音楽以外にも仕事をしてお金の心配を減らすとか、過剰な期待は初めからしないといった、環境づくりがもっと重要と言えるかもしれない」とまとめています。
私の肩書のひとつである「産業カウンセラー」の倫理綱領には「勤労者の上質な職業人生(QWL : Quality of Working Life)の実現を援助し、産業社会の発展に寄与する」ということが使命のひとつとして書かれています。一般的なカウンセラーよりも「産業」「職業人生」ということに視点が置かれていることが特徴の一つでもあります。COVID-19の感染拡大に伴う産業の変化は、私たちのメンタルとQWLにも大きく影響を与えます。こんな時だからこそ、今までの職業人生のあり方を、それぞれが見直してみることが必要なのだと思います。
参照:
「芸術家の地位をめぐる国際的動向-1980 年 UNESCO「芸術家の地位に関する勧告」の実施状況から- 」中尾友香 京都大学生涯教育フィールド研究 2014.02.28:http://hdl.handle.net/2433/185588
Professional Artist
Association Internationale des Arts Plastiques International Association of Art
http://www.aiap-iaa.org/professional.artist.htm
「MUSIC OF OUR TIMES これからの音楽 21世紀をサヴァイヴするコンテンツビジネス」Wired Vol.8 2013年
「音楽で飯を食わなくてもいい。toe山嵜と考えるアーティストとお金の関係」
SustAim 2020/05/21
https://note.com/sustaim/n/n7664be1264ea#Bmogc
<書籍情報>
手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』
発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029
本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。
手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。
Official HP
https://teshimamasahiko.com/
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May 27, 2020 at 09:30AM
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