将棋の7冠を保持する藤井聡太棋聖が世の中の支持を受けるのは、圧倒的な強さだけが理由ではないはずだ。
最善の一手を求め続ける姿勢が、「考える」という営みの尊さをわれわれに改めて気付かせてくれるからではないか。
今年の棋聖戦五番勝負が幕を閉じた。藤井棋聖が佐々木大地七段の挑戦を3勝1敗で退け、4連覇を果たした。通算5期で得られる「永世棋聖」の称号まで、あと1期とした。
インターネットで中継された全4局は、いずれも終盤まで目の離せない名局で、多くの視聴者を引き付けた。藤井棋聖一人の力だけでは成り立たない将棋の醍醐味(だいごみ)を味わい、勝負の行方を見守ったファンは多かったはずだ。
若い世代は「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重視するといわれるが、ときに1時間を超えても盤面の動かない将棋が、それでも注目を集め続けている。世の中の価値観が「時間効率」のみに染まることなく、「考える」ことの価値を大事にしている証しでもあるだろう。
新型コロナウイルス禍は、長らく棋士とファンが触れ合う機会を奪ってきた。世の中が日常を取り戻す中で行われた今回の五番勝負は、ファンや関係者の温かな手に支えられる場面も多かった。
開幕局は、ベトナムのダナンで行われた。今年は日本との外交関係樹立50周年の節目で、現地での大盤解説会には、地元のファンの姿も見られた。兵庫県淡路島で行われた第2局を前に、両対局者とファンが交流する前夜祭も4年ぶりに開かれた。
第4局の舞台となった新潟市の「高志(こし)の宿 高島屋」は、棋聖戦の対局場に選ばれること25回目の老舗だ。第4、第5局は、必ずしも開催が約束されていない。女将(おかみ)の高島基子さんは、どちらかの3連勝で勝負が終わらないように願掛けしていたといい、「すばらしい対局のお手伝いがしたい」と本紙の取材に語っていた。
第2局で一矢を報い、今シリーズを簡単に終わらせなかった佐々木七段の奮闘や、対局を支える関係者の思いが棋聖戦に新たな歴史を刻んだことも忘れまい。
藤井棋聖は王座戦の挑戦者決定戦にも駒を進めており、「八冠」は目の前だ。前例のない挑戦を通じて、棋聖位の価値と将棋の魅力をさらに高めてほしい。
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